輸出許可通知書とは|英語ではなぜExport Declarationなのか。輸出税が消えたあとも残った書類
英語ではExport Declaration、日本語では許可通知書。申告と許可という逆向きの名前が一つの書類に付いているのは、許可書の中身が申告そのものだからである。1899年に輸出税が全廃されたあとも申告は残り、1989年、その書類は消費税の証拠として税の世界に戻ってきた。
2023年12月2日公開 / 2026年11月 全面改稿
輸出の許可を受けると、一つの書類が残る。日本語では「輸出許可通知書」と呼ばれ、海外の取引先からは「Export Declaration」と呼ばれる。
日本語は「許可」と言い、英語は「申告」と言っている。同じ書類に、向きの逆な名前が二つ付いている。
これはどちらかの誤訳ではない。どちらも、この書類の一面を正しく呼んでいる。
目次
- 許可書には、申告した中身がそのまま載る
- 1978年と1991年、許可が電子の通知になった
- 1899年、輸出税がなくなった
- 税を取らない申告は、数えるためにある
- 1989年、税の書類に戻った
- 2011年、貨物より先に申告できるようになった
- 2026年10月1日、日本の書類だけでは足りない場合ができた
- 一つの書類に付いた二つの名前
許可書には、申告した中身がそのまま載る
輸出申告書の書式は、税関様式C第5010号という。様式の記載要領は、昭和47年3月1日の税関様式関係通達(蔵関第107号)に置かれていて、いまも改正が重ねられている。欄に並ぶのは、申告者、仕向人、積込港、船名、仕向地、品名、数量、価格といった項目である。
許可を受けて手元に残る許可書に載っているのも、この中身である。申告者が申告した品名や数量や価格に、税関の許可が加わったもの、それが輸出許可書になっている。
英語でExport Declarationと呼ばれるのは、このためである。書類の中身は申告そのもので、許可はそこに加わった一点にある。日本語は加わった一点のほうで呼び、英語は中身のほうで呼んでいる。
1978年と1991年、許可が電子の通知になった
申告と許可が電子になったのは、空と海で13年ずれている。
税関の150周年記念誌によれば、昭和40年代後半から、航空機の大型化などで輸出入の量が急に増え、成田空港の開港でさらに増えることが見込まれていた。限られた職員で膨大な貨物を処理するため、1978年8月、成田空港と原木地区(千葉県市川市)で航空貨物のAir-NACCSが稼働した。 当初は輸入業務が対象で、輸出業務はあとから加わっている。
海は、1991年10月、京浜港でSea-NACCSが稼働した。 当初の対象は税関への輸出入申告と保税運送申告だけで、民間の貨物管理の業務はあとから足されていった。
申告がシステムで処理されるようになると、許可も電子の通知として申告者に返るようになった。いま輸出許可通知書と呼ばれているのは、この通知である。
量の変化は、同じ記念誌に数字がある。輸出入の許可件数は、1978年に約600万件だった。2022年には約1億4,300万件で、税関はその99.9%を電子的に処理している。
1899年、輸出税がなくなった
そもそも、なぜ輸出に申告が要るのか。輸入なら関税を取るためと言える。輸出には、いま税がかかっていない。
かつては、かかっていた。
安政5年(1858年)の五カ国条約——イギリス、アメリカ、フランス、オランダ、ロシア——で、日本は関税自主権を手放し、輸出税は5分、輸入税は原則2割と定められた。
これが終わるのは、条約改正のあとである。政府は明治30年(1897年)2月、第10議会に関税定率法案を提出し、法案は同年3月に法律第14号として公布され、1899年1月1日から施行された。ただし定率法がかけたのは輸入税だけで、輸出税は旧条約の税率として残っていた。輸出税が全廃されたのは、改正条約が発効した1899年7月である。 奥和義の論文「明治後期の日本の関税政策」は、1898年の輸出税収を208万円とし、それを「全廃(1899年7月)し得ることになり」とする研究を引いている。
輸出から税が消えた。それでも輸出の申告は残った。申告は、税とは別の理由で必要とされていたことになる。
税を取らない申告は、数えるためにある
その理由のひとつが、統計である。
関税法第102条は、税関に統計の作成を義務づけている。
税関は、(中略)次に掲げる事項についての統計を作成し、その閲覧を希望する者があるときは、これをその者の閲覧に供しなければならない。 一 輸出され、若しくは積み戻され、又は輸入された貨物
財務省関税局の資料は、貿易統計を「輸出入申告書等を基に作成」する業務統計で、サンプル調査ではなく全数統計だと説明している。根拠には関税法第102条と並んで、経済統計に関する国際条約が挙げられている。1928年12月14日にジュネーブで署名された条約で、国際連盟がなくなったあと、1948年にパリで改正議定書が作られた。
一件一件の輸出申告は、それ自体が統計の一行になっている。品名、数量、価格、仕向地——申告書の欄は、統計表の列でもある。
同じことは、米国のほうがはっきりしている。合衆国憲法第1条第9節は、州から輸出される物品に租税や関税を課すことを禁じている。米国では、輸出に税をかける道が憲法で閉じられている。それでも輸出者は申告を出してきた。その書類がShipper's Export Declaration(SED)である。米国国勢調査局の定義は、SEDを「国際貿易統計規則のもとで情報を集めるために使われた商務省の紙の様式」としている。
SEDは2008年10月1日に廃止され、AESという電子システムへ提出するEEI(Electronic Export Information)に置き換わった。国勢調査局はEEIを、かつてSEDとして集めていた輸出データの電子版だと説明している。税のない輸出でも、申告は統計のために出され続けてきた。
1989年、税の書類に戻った
1899年に税と切り離された輸出の書類は、90年後に、もう一度税の書類になる。
消費税法は1988年12月30日に公布され(法律第108号)、1989年4月1日から施行された。同じ日に消費税法施行規則(大蔵省令第53号)も公布されている。
消費税は国内で消費されるものにかかる税で、輸出として行う譲渡は、第7条で免除される。ただし免除を受けるには、それが輸出であったことを証明しなければならない。その方法を定めているのが施行規則第5条で、輸出の場合はこう書いている。
当該資産の輸出に係る税関長から交付を受ける輸出の許可(関税法(昭和二十九年法律第六十一号)第六十七条(輸出又は輸入の許可)に規定する輸出の許可をいう。)(中略)があつたことを証する書類
そのうえで、その書類に記載されているべき事項を四つ挙げている。輸出した事業者の氏名または名称と住所等、輸出の年月日、品名と品名ごとの数量および価額、仕向地。これを7年間保存することで、輸出であったことが証明されたものとする。
1899年、輸出の書類は税を取るための書類ではなくなった。1989年、同じ書類が今度は税を取らないことの証拠として求められるようになった。国税庁は、この書類に電磁的記録も含むと説明していて、電子の許可通知も同じ役目を負っている。
2011年、貨物より先に申告できるようになった
申告の手順にも、大きな変更が一度あった。
関税法第67条の2は、申告する先を、貨物を入れる保税地域等の所在地の税関長と定めている。そして長いあいだ、輸出申告は、貨物を保税地域等に入れたあとにするものとされていた。
2011年の関税定率法等の一部を改正する法律(平成23年法律第7号、3月31日公布)が、これを変えた。財務省の法律案の要綱にはこうある。
貨物を保税地域等に入れた後にするものとされている輸出申告について、貨物を保税地域等に入れることなく行うことができることとする。
JETROの解説によれば、2011年10月の改正で、それまでの「予備申告」と「事前検査」の制度が廃止され、「搬入前申告」と「搬入前検査」に置き換わった。
いまの関税法第67条の2第3項は、「輸入申告は、その申告に係る貨物を保税地域等に入れた後にするものとする」と、輸入についてだけ書いている。輸出の文字は、この項から外れた。
ただし、外れたのは申告の時期である。税関のFAQは、輸出の申告は搬入前でもできるが、輸出の許可は原則として貨物を保税地域に搬入した後に行われると説明している。申告書は先に出せるようになり、許可の印は、いまも貨物の到着を待っている。
翌2012年には、輸出入申告のときに提出を義務づけていた仕入書(インボイス)について、必要な場合にのみ提出を求める法改正も行われた。申告は、添付書類の面でも軽くなっている。
2026年10月1日、日本の書類だけでは足りない場合ができた
そして2026年10月、消費税の側で変更があった。
2026年10月1日に施行された消費税法施行規則の改正で、第5条に一節が加わった。輸出の対価を現金で受け取る場合、または相手方が支払った事実が明らかでない方法で受け取る場合には、輸出許可の書類に加えて、仕向国での輸入に係る書類として国税庁長官が指定するものも保存しなければならない。財務省の省令要旨は、これを「仕向国における輸入許可書等に相当する書類」と書いている。
輸出許可は、その名のとおり、日本から送り出すことについての許可である。関税法第2条も、「輸出」を「内国貨物を外国に向けて送り出すこと」と定義している。向こうに着いたことまでは、この書類は言っていない。
1989年以来、日本の書類だけで足りていた証明に、相手国の書類が加わる場合ができた。
一つの書類に付いた二つの名前
輸出許可書に載っているのは、申告者が申告した中身である。英語でExport Declarationと呼ばれるのは、そこから来ている。
1978年に空で、1991年に海で、許可は電子の通知になった。1899年に輸出税がなくなってからは統計の一行として残り、1989年には消費税を免除する証拠として税の書類に戻った。2011年には貨物より先に申告できるようになり、2026年には、輸出の代金を現金などで受け取る取引に限って、これだけでは消費税免除の証拠として足りず、仕向国の輸入の書類も一緒に保存しなければならないものになった。
参照
- 関税法(昭和29年4月2日法律第61号)第2条、第67条の2、第68条、第102条
- 税関様式関係通達(昭和47年3月1日蔵関第107号)輸出申告書(C-5010)の記載要領
- 税関「税関発足150周年記念誌」税関手続の電子化(1978年8月 Air-NACCS、1991年10月 Sea-NACCS、許可件数 1978年約600万件・2022年約1億4,300万件、99.9%を電子処理)
- 奥和義「明治後期の日本の関税政策——明治32年、明治44年の関税改正をめぐって」山口経済学雑誌 第39巻第3・4号(1858年五カ国条約の輸出税5分、関税定率法の提出と公布、1899年7月の輸出税全廃)
- 財務省「大蔵省百年史」第3期第1章第6節(関税定率法は輸入税のみに賦課、改正条約の発効)
- 帝国議会会議録 第13回帝国議会 貴族院本会議(1899年2月10日・22日。輸出税を条約の満期まで徴収)
- 財務省関税局「貿易統計の概要」(総務省 統計に関するワーキンググループ資料。根拠法令、輸出入申告書等を基に作成、全数統計)
- 外務省「千九百二十八年十二月十四日にジュネーヴで署名された経済統計に関する国際条約を改正する議定書」
- Constitution of the United States, Article I, Section 9
- U.S. Census Bureau, International Trade Definitions(Shipper's Export Declaration、Electronic Export Information)
- 消費税法(昭和63年12月30日法律第108号)第7条/消費税法施行規則(昭和63年大蔵省令第53号)第5条(2026年10月1日施行の改正後)
- 国税庁 タックスアンサー No.6551 輸出免税の概要
- 財務省「令和8年度 消費税法施行規則等の一部を改正する省令要旨」
- 財務省「関税定率法等の一部を改正する法律案要綱」(第177回国会、2011年)
- JETRO 貿易・投資相談Q&A「輸出申告の搬入前申告・搬入前検査」
- 税関 カスタムスアンサー 5001「輸出通関手続の概要」
- 財務省「関税定率法等の一部を改正する法律案の概要」(第180回国会、2012年。仕入書の提出)