ワシントン条約(CITES)|展示品に紛れる規制対象と輸出入の許可
発端は1960年代のハンドバッグでした。ワニ革と毛皮のブームが条約を生み、日本は象牙とべっ甲で長く矢面に立つことになります。歴史をたどりながら、附属書I・II・IIIの違い、ATAカルネでは免除されないこと、そして誰が該当性を判断するのかを実務の順序で整理します。
2023年10月28日公開 / 2026年7月 全面改稿
ワシントン条約という名前から想像するのは、たいてい象牙かトラの毛皮だろう。実際、展示会の荷物でその手のものを扱うことはまずない。
それでもこの条約が話題になる瞬間がある。しかもたいてい、出発の直前である。
きっかけは、動物ではない。ギターの指板だったり、財布のサンプルだったり、化粧品の成分表の一行だったりする。
なぜそんなところまで規制が及ぶのか。それを理解するには、この条約が何に怒って生まれたのかを見たほうが早い。
目次
- 発端は、ハンドバッグだった
- 1973年3月3日、ワシントン
- 留保という、条約の抜け道
- べっ甲と印章——日本が矢面に立った二十年
- 三つの附属書
- 展示品に紛れ込むもの
- ローズウッドが楽器業界を止めた年
- ATAカルネがあっても、免除されない
- 許可は、どちらの国でも要ることがある
- 誰が判断するのか
- 巡回展示という枠
発端は、ハンドバッグだった
1960年代、欧米で野生動物の製品が流行した。ヒョウやオセロットの毛皮のコート、ワニ革のハンドバッグ、ヘビ革の靴。高級品の象徴として、それらは飛ぶように売れた。
売れれば、獲る。獲れば、減る。
当時の統計を見ると、その規模は工業的だった。年に数十万頭という単位で、南米やアフリカ、東南アジアから毛皮と皮革が先進国へ流れ込んでいた。ある種が獲り尽くされると、業界は次の種へ移る。移った先もまた減る。この繰り返しである。
ここで問題になったのは、規制が国内にしか及ばないことだった。ある国が自国の動物を守る法律を作っても、隣国から持ち出されて第三国で売られてしまえば意味がない。獲る国、通す国、買う国が別々である以上、一国の法律では止まらない。
必要だったのは、国境をまたぐ「取引そのもの」を規制する枠組みだった。
つまりこの条約は、動物を保護する条約ではない。動物の取引を管理する条約である。生態学ではなく、通商の文書として設計された。国際物流の側から見ると、この出自はよく腑に落ちる。
1973年3月3日、ワシントン
構想は1963年、国際自然保護連合の総会に遡る。条約が要る、という決議が採択された。ただし、そこから条文がまとまるまでに十年かかっている。
条文が採択されたのは1973年3月3日、アメリカのワシントンD.C.。八十カ国以上が集まった会議で、その日のうちに二十カ国あまりが署名した。以来この条約は、日本では採択地の名を取って「ワシントン条約」と呼ばれている。国際的にはCITESの略称のほうが通りがよい。
発効は1975年7月1日。
余談だが、この3月3日という日付は今も生きている。国連が「世界野生生物の日」として定めたのが、条約が採択されたこの日である。日本では耳慣れないが、毎年この日には各国で保護をめぐる催しが開かれている。
留保という、条約の抜け道
CITESには、他の環境条約にはあまり見られない仕組みがある。留保である。
締約国は、特定の種について「うちはこの種については従わない」と宣言できる。留保を付した国は、その種に関しては条約の非締約国として扱われる。つまり合法的に、規制の外側に立てる。
なぜそんな穴を用意したのか。理由は現実的なもので、この穴がなければ参加しない国が出るからだ。ある種の取引に経済を依存している国に対して「今日から全面禁止だ」と迫れば、その国は条約そのものに入らない。入らなければ、規制はまったく及ばない。
不完全でも中に入れる仕組みのほうが、完璧だが誰も入らない条約より強い。 留保という穴は、そういう判断で開けられている。
そして日本は、この仕組みをよく使った国だった。
べっ甲と印章——日本が矢面に立った二十年
日本がCITESに加盟したのは1980年。採択から七年、発効から五年が経っている。この遅れ自体が、当時の国内事情を物語っている。
問題は二つあった。
ひとつはべっ甲である。タイマイという海亀の甲羅を加工した伝統工芸で、長崎や東京を中心に産地があり、櫛、簪、眼鏡のフレーム、茶道具が作られてきた。江戸期から続く技術で、職人がいて、問屋がいて、産業として成立していた。
タイマイは条約で厳しい規制の対象になっていたが、日本は加盟にあたって留保を付し、原料の輸入を続けた。これに国際的な批判が集まる。最終的に日本は1990年代に入って留保を取り下げ、原料の輸入は止まった。産地は在庫の原料と、養殖・代替素材への転換で生き延びることになる。
もうひとつが象牙だった。
1989年、アフリカゾウが附属書Iへ移され、象牙の国際的な商業取引が原則禁止となる。当時、日本は世界最大級の象牙消費国だった。何に使われていたか——印章、つまりハンコである。
実印には硬く粘りのある素材が向く。象牙はその条件をよく満たしていた。日本の実印文化という、条約の起草者がまったく想定していなかったであろう需要が、アフリカのゾウの数に影響していたことになる。
ここが、この条約の本質をよく表している。規制は、素材の由来で決まる。用途がどれほど日常的であっても関係ない。 毛皮のコートも、実印も、条約から見れば同じ「野生動植物の国際取引」である。
そして展示会の荷物で起きるのも、まったく同じことだ。ワニ革の財布を新作として持ち込む出展者は、自分が野生動植物の国際取引をしているとは思っていない。
三つの附属書
規制の構造そのものは、意外なほど単純である。対象種は規制の強さで三つに分けられている。
| 対象 | 取引の扱い | |
|---|---|---|
| 附属書I | 絶滅のおそれがある種 | 商業目的の国際取引は原則禁止 |
| 附属書II | 取引を規制しなければ絶滅のおそれが生じうる種 | 輸出国の許可が要る |
| 附属書III | ある国が自国での保護のため他国に協力を求めた種 | 原産地証明または輸出許可が要る |
実務でいちばん頻繁に当たるのは附属書IIである。数のうえで圧倒的に多く、そして「普通の商品」に含まれているのがここだからだ。
そして冒頭の疑問への答えがこれになる。規制されるのは生きた個体だけではない。 その種から作られた製品も、部品も、原料の一成分も対象になる。革、毛、骨、甲羅、木材、抽出物。加工されて原型をとどめていなくても、由来がその種であれば規制はついてくる。
象牙の印章が規制されたのと、同じ理屈である。
展示品に紛れ込むもの
具体的に、展示会の荷物で問題になりやすいものを挙げる。
楽器。 木材の一部が規制対象になっている。とくに指板やブリッジに使われる材が該当することがある。
革製品。 ワニ、ヘビ、トカゲの革は広く附属書に載っている。バッグ、靴、時計のベルト、財布のサンプル。1960年代に条約を生んだ、まさにその商品群である。
化粧品・健康食品の原料。 植物由来の抽出物には規制対象種のものがある。成分表に学名で書かれていると、日本語の商品名からは判断できない。
家具・工芸品・装飾品。 木材そのものに加え、象牙やべっ甲の象嵌、装飾に使われた骨や角。古いものほど当たりやすい。日本の伝統工芸を海外の展示会へ出す場合、ここは必ず確認したい。
観賞植物。 サボテン科とラン科は科ごと広く規制されている。園芸系の展示会では避けて通れない。
ローズウッドが楽器業界を止めた年
条約が「まさかの商品」に及ぶことを、近年もう一度、業界規模で思い知らせた出来事がある。
2017年、ローズウッドと呼ばれる木材の属が、まとめて附属書IIに掲載された。ギターやベース、ピアノの部材として長く使われてきた木である。
結果として、楽器を国境を越えて動かすたびに書類が要ることになった。輸出する完成品だけの話ではない。演奏家が自分の楽器を持って海外公演へ行く場合も、修理のために送り返す場合も、対象になりうる。楽器メーカー、輸入代理店、オーケストラ、そして展示会に出展するブランドが一斉に混乱した。
その後、2019年の締約国会議で完成した楽器などについて適用の除外が設けられ、運用は緩和された。ただし木材そのものや一部の形態は、引き続き規制の対象である。「楽器なら大丈夫」と単純化はできない。
この一件が示しているのは、附属書は動くということだ。数年に一度の締約国会議で掲載も削除も起こる。去年通ったから今年も通る、という保証はない。
ATAカルネがあっても、免除されない
ここが実務でいちばん誤解される点である。
ATAカルネは、展示会などのために一時的に持ち出す物品について、関税と税金の手続きを簡略化する仕組みだ。展示会物流では強力な道具になる。
だがカルネが免除するのは関税と税金であって、それ以外の規制ではない。 CITESの許可、輸出入の承認、その他の法令に基づく手続きは、カルネの有無と関係なく別途必要になる。
歴史的にも、この二つは別の流れから生まれている。カルネは1961年に貿易円滑化のために作られ、CITESは1973年に資源保護のために作られた。目的が違えば、免除の範囲も重ならない。
カルネを持っているから安心、という理解のまま出発すると、空港で止まる。関税の話と、規制の話は、別の窓口の別の話である。
許可は、どちらの国でも要ることがある
手続きの構造も、片側だけ見ていると足りない。
附属書II の場合、原則として輸出国の管理当局が発行する輸出許可書が要る。
附属書I はさらに厳しく、輸出国の許可と輸入国の許可の両方が求められる。しかも商業目的の取引は原則として認められない。展示や学術といった目的で例外的に扱われる余地はあるが、そこは個別の判断になる。
そして往復する展示品では、帰りも同じ手続きが要ることを見落とさないでほしい。行きの許可を取って安心し、撤去後の再輸入で止まる。これは実際に起こる。
日本側の窓口は経済産業省で、外国為替及び外国貿易法に基づく輸出入の承認という形になる。該当するかどうかの判断は、商品名ではなく学名で行う。ここが厄介なところで、「この財布の革は何の革か」を出展者自身が把握していないことが珍しくない。
誰が判断するのか
はっきり書いておきたい。該当するかしないかを判断するのは、荷主です。 私たち輸送会社ではありません。
私たちにできるのは、一般論として「これは怪しい」と気づくところまでである。素材を聞き、何からできているかを確認し、疑わしいものを卓上に載せる。経験があれば、当たりはつく。だがそれは当たりであって、判断ではない。
荷主から「問題ありません」と言われれば、その申告に基づいて手続きは進む。ただし、その「問題ない」には根拠が要る。
根拠とは、管理当局に照会した結果のことです。 社内でそう理解している、前も通った、輸入元がそう言っている——どれも根拠にならない。当局に問い合わせて、該当しない、あるいはこの手続きで足りる、という回答を得ていること。それだけが根拠になる。
そして、その回答は書面でお願いしたい。
理由は単純で、通関で疑義が生じたときに提示できるものが、書面以外にないからだ。「電話で確認しました」は、税関に対して何も証明しない。誰にいつ何を聞き、何と答えられたのか。それが残っている形でなければ、いざというときに使えない。
もうひとつ、率直に申し上げておく。荷主が「問題ない」と判断しても、通関で跳ねることはあります。
その場合、荷物も判断も荷主のもとへ戻る。私たちが代わりに判断して押し通すことはできないし、してはいけない。止まっている間に発生する保管料や、間に合わなかった会期は、荷主の負担になる。
だからこそ、照会は早いほうがいい。出発の直前に気づいて当局に問い合わせても、回答が間に合わない。 展示品の中身が固まった時点で、素材を洗い出して、疑わしいものは先に確認する。この順序を守れるかどうかが、そのまま結果を分ける。
判断はできませんが、いつ確認すべきかをお伝えすることはできます。 そこが私たちの役割だと考えている。
巡回展示という枠
同じ展示物を複数の国へ順に持ち回る場合のために、巡回展示用の証明書という枠組みが条約側に用意されている。都度の許可ではなく、一定の条件のもとで繰り返しの越境に対応させる考え方だ。
発想としてはATAカルネに近い。国境を何度もまたぐ物について、そのたびに一から手続きをやり直すのは現実的でない、という認識は、規制の側にもある。
ただし適用の条件は限定的で、対象や取得の可否は個別に確認する必要がある。「巡回展示だから簡単になる」と先に決めてしまうのは危うい。使えるかどうかを、日程が固まる前に当局へ確認するのが正しい順序になる。
おわりに
この条約が展示会物流で厄介なのは、規制が厳しいからではない。該当していることに、誰も気づかないからである。
象牙を運ぼうとする人は止められる。だが、ワニ革のサンプルを新作として持ち込む人は、自分が野生動植物の国際取引をしているとは思っていない。半世紀前にハンドバッグから始まった条約が、今も同じ場所で待ち構えている。
日本がべっ甲と印章で二十年近く矢面に立ったのも、悪意があったからではない。日常の商品と、条約の対象が、静かに重なっていたからだ。 職人にとっては素材であり、条約にとっては規制対象だった。その二つの見え方の差が、そのまま摩擦になった。
私たちは、該当するかどうかを判断できない。それは荷主が当局に確認して決めることであり、その確認が書面で残っていることが、最後に効く。私たちにできるのは、確認すべきものに早く気づいて、間に合う時期にお伝えすることである。地味だが、そこがいちばん結果を変える。
出発の一週間前に気づけば手はある。空港で気づいたときには、もう間に合わない。だからこの話は、荷物を集める前にする。
参照
- CITES事務局 条約本文・Appendices I, II and III/巡回展示証明書に関する決議
- 経済産業省 貿易経済協力局 貿易管理部(ワシントン条約に基づく輸出入承認)
- 経済産業省・環境省・農林水産省 CITES関連告示および附属書一覧
- 外国為替及び外国貿易法(輸出貿易管理令・輸入貿易管理令)
- 国連「世界野生生物の日」(3月3日)関連資料