台湾だけが「SCCカルネ」である理由——条約に入れない相手と、どう信用をつなぐか
台湾はATA条約に加盟していない。その空白を日台は2001年の民間取決めで埋めた。条約という器を外しても「保証の連鎖」は組み立てられる——SCCカルネという実例と、そのぶんの制約。
※ 本稿は「ATAカルネはなぜ生まれたのか」から続くシリーズの第3回です。
台北の展示会に出展する荷物を扱うとき、手元に来るのはATAカルネではない。緑の表紙も、税関で切り取っていく証書の作りも、ぱっと見はそっくりだ。しかし表紙をよく読むと、そこにはATAではなくSCCと書かれている。
Special Customs Clearance——特別通関。台湾だけで使える、台湾専用の手帳である。
なぜ台湾にだけ、別の紙が用意されているのか。この問いを追いかけると、国際制度が「国境の向こうに相手を定義できない」ときにどう振る舞うのか、という話に行き着く。
台湾はATA条約に入っていない
理由はきわめて単純で、台湾はATA条約に加盟していない。だからATAカルネで台湾へ一時輸入することはできない。
では加盟すればいいではないか、という話にならないのが難しいところだ。
ATA条約は世界税関機構(WCO)が管理する多国間条約であり、現在は1990年のイスタンブール条約がその役割を引き継いでいる。どちらの条約にも、国連やWCOの加盟主体でない相手のための加入ルートは用意されている。ただしイスタンブール条約の場合、その外交関係を担う締約国が提案し、管理委員会の要請によって招請が出されることが条件になる。台湾には、その提案者が存在しない。1971年に国連の代表権を失って以降、加入の扉を開けるための手続きそのものを起動できない状態が続いている。加盟したいという意思の問題ではなく、手続きを始められる相手がいないという構造の問題なのだ。
一方で、台湾は世界有数の貿易主体であり、電子機器の見本市をはじめ国際展示会の重要な開催地でもある。制度に入れないが、実務上の必要は大きい。この落差をどう埋めるか——それが1990年代から2000年代にかけての課題だった。
「民間協定」という日台モデル
ここで日本と台湾は、外交関係のない相手と物事を決めるための独特な仕組みを持っていた。
1972年12月26日、日本の財団法人交流協会と、台湾の亜東関係協会との間で、在外事務所を相互に設置する取決めが結ばれている。国が国と結べないなら、民間団体が民間団体と結ぶ。以来この二つの団体が、日台間のあらゆる実務的取決めの窓口になってきた。
そして2001年5月21日、台北で、この両団体の間に「一時免税輸入手続に関する取決め」が署名される。
これがSCCカルネの法的な出発点である。条約という器が使えないのなら、団体間の取決めで同じ機能を作る。同年、日本商事仲裁協会がSCCカルネの発給と保証の業務を開始した。ATAカルネの発給を1973年に始めてから、28年後のことだった。
条約から28年遅れて、条約ではない方法で、同じ結果に辿り着いたことになる。
なぜそれで通用するのか
ここで、第1回で書いたことが効いてくる。
ATAカルネの本質は統一書式ではなく、保証の連鎖だった。輸入国の税関は、外国から来た荷主の信用を審査しない。自国の保証団体だけを見る。その保証団体が、相手国の保証団体から保証を受けている。
この構造をよく見ると、条約そのものは必須ではないことがわかる。必要なのは、二つの保証団体が互いの支払能力と誠実さを信じられること。それだけだ。条約は、その信頼を多国間で一括して作るための便利な器にすぎない。
器が使えないなら、二者間で直接作ればいい。SCCカルネは、そういう答えの出し方をしている。国家の承認という重い前提を外しても、信用の連鎖そのものは組み立てられる、という実例なのだ。
ただし、代償はある
もちろん、条約の器を外したぶんの制約がある。実務上の違いははっきりしている。
他の国と併用できない。 ATAカルネの強みは、一冊で複数国を巡回できる点にあった。SCCカルネは日本と台湾の二者間だけの取決めなので、台湾以外の国・地域と組み合わせて使うことができない。台北とソウルを回る巡回展示なら、カルネは分けて手当てすることになる。
保税運送の証書がない。 ATAカルネには保税運送のための青色の証書が綴じ込まれているが、SCCカルネの構成は表紙と、日本税関用の黄色、台湾税関用の白色だけだ。日本を出て台湾に入り、台湾を出て日本に戻る。その往復以外の経路が、そもそも紙の上に存在しない。
売れない。 SCCカルネで持ち込んだ物品は、台湾での販売も譲渡も認められない。必ず有効期間内に日本へ持ち帰る必要がある。展示会で好評だった実機をそのまま現地の顧客に引き渡す、という展開はできない。売るなら、通常の輸入として改めて手続きを踏むことになる。
加工・修理は対象外。 現地で手を加える前提の物品には使えない。
つまりSCCカルネは、ATAカルネよりもさらに「行って帰るだけ」に用途を絞った道具である。適用範囲を狭めることで、条約なしでも成立する程度に、保証すべきリスクを小さくしたとも言える。
紙の形をした信用
制度というものは、国境と国家を前提に設計されている。どの国が、どの国と、何を約束するか。その枠組みに収まらない相手が現れたとき、制度はたいてい沈黙する。
SCCカルネは、その沈黙を民間の取決めで埋めた記録だ。1972年に外交関係が途切れたその日から、迂回路を作り続けてきた仕組みの上に、2001年、一冊の手帳が乗った。
台北の税関で、SCCカルネにスタンプが押される。その一押しの背後には、条約に入れない相手とどう信用を交わすかという、三十年分の工夫が畳み込まれている。
主な参照
- 一時免税輸入手続に関する財団法人交流協会と亜東関係協会との間の取決め(2001年5月21日、台北にて署名)
- 財団法人交流協会と亜東関係協会との間の在外事務所相互設置に関する取決め(1972年12月26日)
- 一般社団法人 日本商事仲裁協会(JCAA)カルネ事業部
- 日本貿易振興機構(ジェトロ)貿易・投資相談Q&A「一時輸入のための特別通関手帳SCCカルネ:台湾」